徒然草子365-Turedure zhoshi SANROKUGO- vol.3

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こんにちは。MORIHIROです。

 

もう5月も半ば。あったかい日が続いていますね。
社会に出て10年目、会社勤めをして6年目の春は終わりのようです。
わたしの出向先では早くも「スーパークールビズ」がはじまりました!室温が28度なので、かる~い服装で通勤しています。
いやー。綿シャツに、カーディガン・・・楽~(笑)

 

さて。
「5月になった」ということは、わたくしがITベンチャー企業に入社して早くも一月が経った、ということでもあります。
先月は先輩営業さんの行脚に同行して、商談のようすを学んだり、開発現場に実際に入って、稼動を経験したり、
採用活動や自社のもろもろ業務に頭を悩ませたり・・・

 

正直な感想は・・・「とてもたのしい」♪ですね。前職と前々職は、調査・事務処理・プレゼン準備や実施・対人コミュニケーションの能力が問われるものでした。
OPLANに入社しても、この4つは変わらず業務で必要とされました。
ただ、いままでとひとつ異なり、その異なる点が最も大変であったことは、正直に言いましょう・・・
そう、業務が「IT」だってこと!

 

とくに、この10年で十分養えたと思っていたExcell操作とITリテラシーへの自信は、見事に音を立てて崩れ落ちました。

 

だからもう、ほんとうに、とてもたのしい!!!

 

新社会人になった数年前-ひとつ上司の力になるどころか、みっつは迷惑かけてしまう、あの日々の再来なのです。

 

必死に会議を聞いたり、必要に駆られる前に勉強をして作業をしたり。
そうしなくては「仕事にならない」のです!

 

このひと月で、負けず嫌いなわたしの本性が、わたし自身にあえてフラストレーションを与えること・・・体と心が思い出しました(笑)

 

意外と業務より会議のほうが辛いものがあります。
「何」を言っているのか「判らない」のです。
もちろん、日本語に類するものを話していることは解りますよ(笑)

 

ある業界ではあたりまえに使うことばでも、異業種の人にとっては外国語に相応すること、ままあります。
最初に困惑したワードは、まさか!と思われるかもしれませんが、『リスケしといて』です。

 

「?・・・・・・・(?!利助・・・?)・・・・・・・・・・・・・・!!!!!あ、っはい。スケジュール再調整ですね!?」

 

となった、わたしの心中を慮ってください。

 

これまでの業界は、「ことばを美しく」「正しく」使うということが常識のさらに下の前提にあったということを、ここではじめて知るのでし た (笑)

 

こうして、わたしは「新しいことば」を覚えるというタスクを最も重んじた4月を過ごしたわけです。

 

(『~』とかね・・・波ダッシュだと思っていたら・・・チルダっていうんですね。「なるほど。そう呼ぶんですかー(へー欧米女子の名前っ ぽい わー)・・・あ、呼びはしないんですねー」という会話に類似したやりとりはまだ続きそうです。)

 

そうそう。ニュース!(わすれてたー)
わたしのBlogの要でした(笑)

 

「新しいことば」に関連するIT界のニュースですと、3月中旬と少し前になりますが@アットマークの生みの親レイ・トムリンソン 氏 死去がありましたね。

 

現在私たちの生活の一部になっているインターネットを介した電子メール、その原型が生まれたのは1971年のことでした。
「レイ・トムリンソン(Raumond Samuel Tomlinson)は、ARPNETを介してつながる並んで置かれた2台のコンピュータ間で電子メールの送受信をすることに成功。
そして、電子メールシステムを考案する際に、ローカル部とドメイン部を区切る記号として「@」をつかう表記法を初めて使った」のだそうで す。
【ENGADGET 日本語版】より抜粋 http://japanese.engadget.com/2016/03/08/tomlinson/

 

現在、電子メールは全世界に39ものアカウントがあり、ビジネス用途のメールだけでも1000億通を超えるのだそう・・・。
わお。
ひとつまえの記事『http://blog.oplan.co.jp/archives/136で、「電子メールは廃れるのかな・・・」という疑問を口 (あ、 記事か)にしましたが、この電子メールの実態を見るとそんなこともないのかなぁと思わされます。

 

なお、当時28歳のトムリンソン氏は「@」の表記法について、当時は「ちょっとした宛先ルールの変更」と思っていたらしく、考案したこと を広 く告げたりしなかったのだそうです。
まさか、30年後のインターネット世界で、国境をこえた億を超える人々に用いられるとは想像もしなかったのでしょう。

 

新しいことを生む
新しいことを学ぶ

 

「当人にとっては些細なこと」でも、まわりにとっては大きなことになったりもする。

 

なーんて。
本日もつれづれいたしました:) こう意味づけられるのならば、明日の勉強も仕事も、やる「甲斐がある」と思えるのではないかしら。

 

それでは、また次回をお楽しみに^^

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