観測者がいない出来事は存在すると言えるのか。

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On 2016-08-07 by Oplan

こんばんは。

技術開発部の大河です。( ̄Д ̄)ノ

 

今回記事にするテーマは、あるウェブ漫画を読んだ事が理由です。結構有名なので皆さんも見た事あるって方、多いのではないでしょうか。

 

それは「5億年ボタン」という漫画です。

 

内容を要約すると、目の前のボタンを押すと100万円出てくるという物。ここまでは、誰しも簡単に押すと思います、が、ボタンを押した瞬間何もない世界へ飛ばされて5億年過ごさないといけないのです。(寝る事死ぬ事×)終わればボタンを押す瞬間へ戻り、5億年過ごしたという記憶は抹消されます。そして100万円を手に入れます。

本人も周囲も、一瞬でお金を手に入れた様に感じます。ちなみに事前に5億年過ごさなければいけない旨は伝えます。それでも貴方はやりますか、という事です。

 

5億年過ごしたという事は誰にも観測されていませんし、本人でさえ一瞬で100万円手に入れたと思っているのです。これは存在する事でしょうか。

 

もし過ごした記憶が残っていたら、私は2度とボタンを押しませんし、むしろ帰ってきた後通常の精神状態で生きていけるか自信がありません。ですが自分という観測者、結果があるので存在したと言えるでしょう。中には、5億年過ごしている最中は記憶を保っていて、実際経験しているのだから存在はするという意見もあります。ですが、普段我々が知らず知らずに行っている事があっても、記憶の有無に関わらずそれを認める事は出来ますか。例えば、寝言に関して言えば大体記憶に無いものです。第三者の観測により、それを知る事が多い訳です。自分の記憶が無いだけでもその事実の存在はすんなりと認める事が難しいのに、誰の記憶にも無い出来事を、誰が存在すると断定出来るのでしょうか。

または自分の死後、この世界が存在し続けるのかです。

これに関しては確認の仕様がありませんね。「観測できる者」はどこにもいないのですから。なのでこれについても存在の是非が問われるわけです。この世は自分の為に作られた世界であり、自分というユーザーと共に消滅するかもしれません。

もっと極端な考え方として、自分が見てない時、その物体は存在するのかどうかです。自分の背後は自分で確認できませんので、無の空間が広がっているかもしれません。ノートパソコンを開いていて、画面の裏側は何もない空間かもしれません。

 

見つかっていない星や生命体、歴史上の遺物、物質、果たして見つかっていないだけなのか、そもそも初めから存在などしていなかったのか、この世界は観測者によって構築されているのでは無いでしょうか。

 

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