コンピュータの歴史4

こんにちは。

今回もコンピュータの歴史について紹介していきます。

第二次世界大戦が起こっていた時代に、コンピュータが誕生することとなります。

当時コンピュータは軍事目的で使われており、コンピュータの計算速度が戦争の勝敗に関わってくる時代となってきました。

悲しいですが、戦争によって技術が進歩したのです。

1941年に、ドイツが世界初の電気機械式全自動デジタルコンピュータである Z3 を発表しました。


Z3をwikipediaで調べてみた結果が以下になります。

「1941 年、Zuse はそれ以前の機械に続いて、世界初の動作する電気機械式プログラム可能な全自動デジタルコンピュータ Z3 を発表した 。
Z3 は 2000 個のリレーを搭載し、約 5~10 Hz のクロック周波数で動作する 22 ビットのワード長を実装した。
これはいくつかの点で現代の機械に酷似しており、浮動小数点数のような数多くの進歩を開拓していた。実装が困難な10進法(チャールズ・バベッジの初期の設計で使用されていた)ではなく、2進法を使用することは、当時利用可能な技術を考えると、ズースの機械の構築が容易であり、潜在的に信頼性が高いことを意味していた 。 」

1998年になって、Z3は限られた条件の元で、
チューリング完全(何らかの計算を行う機構(論理回路、人工言語など)が、
万能チューリングマシンと等しい能力を持っていること。

つまり、あらゆる計算を記述、実行できる状態)であることが証明されました。

 バベッジの「解析機関」は10進法でしたが、Z3は2進法で計算が行われていました。

Z3は戦争で重要なものではないとして、資金提供が拒否されたりして、最終的には戦争中に破壊されたそうです。

一方で、第二次世界大戦中のイギリスでは、ドイツ軍の暗号であるエニグマを解読するためにコロッサスが作られました。

コロッサスはチューリング完全ではないものの、紙テープでコンピュータにデータを入力できる世界初の電子デジタル・プログラマブル(処理手順を一定の形式で記述したプログラムにより、動作の指示をまとめて行えること)・コンピュータでした。

Z3とコロッサスの違いは、電気機械か、電子的(真空管を使っている)かどうかが違います。

ここで「真空管」というワードが出てきたので、真空管について説明します。

真空管は「フレミングの左手の法則」で、お馴染みのジョン・フレミングが1904年に発明しました。

コンピュータの内は0か1の情報だけやり取りを行なっています。

これを電子回路で表現すると、0と1にそれぞれ対応している正確な電圧を生み出す装置が必要となり、真空管はその役割を担っていました。

今回はここまでとなります。次回はENIACについて紹介しようと思います。

ここまで読んでいただきありがとうございました。